院長 鈴木裕之がつづるブログです。院長がその日の気分に合わせて、書きつづっていくモノローグです。読んだ感想をどしどしお寄せ下さい。「コメント」をクリックすると書き込みができます。

今回は開院4周年目における今後の課題という視点で書いてみる。すずきクリニック開院当初、自分の掲げた診療方針は「患者さんの訴えにはとりあえず何でも対応する」ということだった。「腰痛いのは自分の専門じゃないから、整形で診てもらってよ」のような言い方は極力しないつもりだった。そのために自分の専門外の科目も教科書やインターネット、講演会、あるいは他科の同僚などから積極的に吸収して、それなりの準備をして開院した。ただし、不慣れな病気に深入りすることは危険だし、患者さんのためにもならないので、訴えは聞くが、自分が責任を持てない範疇の疾患は当然、丁寧に断ることにしていた
この「何でも診る」作戦はとりあえず功を奏している。患者さんからも「ダメだと思ってたらちゃんと診てもらえて良かったです」と言うような声を聞く。内科は白根病院時代に鍛えられたし、そもそも専門の外科は患者さんの数は多くないものの、ちょっとしたケガにも対応できるし、簡単な小手術もこなしている。それと、大学時代に多種、多数のがん患者さんと接してきた関係で、診断、告知、術後のフォローアップ、化学療法なども受け付けている。眼科、産婦人科は最初から診ることはしないが、簡単な発疹(皮膚科)、前立腺肥大や尿管結石、膀胱炎(泌尿器科)、腰痛、肩こり、テニス肘、骨粗鬆症(整形外科)、頭痛(脳外科)、めまい、耳鳴り(耳鼻科)、うつ病やパニック障害(精神科)などはそれなりに自信を持って診療できていると思っている。
しかし、開院3年目あたりから、この「何でも診る」作戦の問題点もわかってきた。その第一は患者さんの問診時間が長くなることだ。複数の訴えを聴取するには当然時間を要するわけで、受診患者数が少なかった時は問題なかったのであるが、外来が混み合ってくると十分に対応できない場面が出てくる。患者さんからは『前はちゃんといろいろ聞いてくれたのに・・・』という不満を生むことになる。第二は職員側の問題だ。当院は小児科も併設しており、スタッフに要求される業務はその種類・量ともに単科の開業医よりかなり多い。特にがん患者さんの対応は時間もかかるし、外来化学療法(抗がん剤療法)では薬剤の選定、薬量の設定、さらには血管確保と小さなミスが大きな事故を招く要因が多く、私を含め全員がかなり慎重に行っているのが現状だ。両者とも患者満足度と診療所機能を両立させることの難しさを表しているものと考えている。
それではこういった状況の中で今後、どういう方向性を打ち出すべきかという点が問題になってくる。基本的に従来の方針を変えるつもりはないが、いわゆる自分の守備範囲は多少なりとも狭めざるを得ないと思っている。ただし、最初から患者さんの話を遮るのではなく、ある程度、患者さんの訴えを聞き、理由をきちんと説明した上でできないものはできないと断ることにしたい。そのためには、今まで以上に患者さんとのコミニュケーションが重要になってくるわけで、「何でも診てくれる」というすすきクリニックのセールスポイントを崩さずに、患者さんの訴えをじっくり聞く医者にならないといけないと思っている。
(写真はすすきクリニックの診察券の原版の一部。これを印刷し、手で切りとって患者さんの名前と番号を印刷して渡している(2010/9/1写真版作成))

前回、開業して4年目の感想とその間の自分の変化について書いてみた。今回は二番目の変化、ワンマン型からシェア型への変身である。これはすべてを自分でやるのではなく(ワンマン型)、クリニック内の業務をスタッフそれぞれで分配し、責任を持って実行する(シェア型)ことだ。
開業時、クリニックの院長ともなれば診療のみならず、集患(患者さんを多く集めること)、人事、経理、そして保守とクリニックのすべてのことに目を行き届かせ、「一国一城の主」として管理・運営していくべきものと思っていた。実際、開業当初は事務や保守なども事細かに指示し、場合によっては自らが動いて業務をこなしていた。来院患者数が少なく、自分に余裕のあるときはそれもできたが、次第に患者数が増えてくると診療だけで手一杯になり、そういう考えは早く捨てなければいけないと思うようになった(それは当たり前のことなのだが・・・・)。
仕事はスタッフに分配しても最後の責任はすべて自分がとるという気持ちになるとそれまで自分のやっていたことを他人にまかせる抵抗はほとんどなく、スムーズに事は運んだ。診療でさえも任せられるところは任せることにした。たとえば、問診も私がすべてを聴くのではなく、最初は看護師に概略を聴いてもらい、自分はその結果を見て補足したり展開したりすることにした。そうすることで問診時間が増えつつ、効率よく患者さんの診療ができるようになった。診察待ちの患者さんも自分で順番をコントロールするのではなく、看護師にカルテを先に読んでもらい、今日の診療内容によって検査を先に行なったり、診察の順番を変えてもらうことにした。自分で次に誰を診るかを判断する時間が省けるし、診察前に看護師からだいたいの情報が伝わるので、スムーズに診療が進むようになった。結果的に患者さんの待ち時間軽減につながっている。
こうした効率化が図れる源は私とスタッフ間の信頼関係であり、患者情報の共有化である。私が今なにを考えて診療しているかを見抜いてくれるスタッフと患者情報の共有化に不可欠な電子カルテの存在なくしては実現できなかったことと考えている。ただし効率化至上主義に陥ってはマズイので、あくまで患者さんの満足度優先ではあるが、患者数が増えてくるとそういった現実に即した対応も必要だということを理解してもらいたいと思っている。
(写真はすずきクリニック建築前の状態。開院の予定を知らせる看板だけだった。(2006/4/9撮影))

すずきクリニックは2006年8月18日に開院して今日で四周年となった。無事に今日を迎えることができたのも来ていたただいている患者さんのお陰であり、クリニックのスタッフ、そして家族の協力あればこそと深く感謝している。この場を借りて、本当にありがとうございました。
さて、ありきたりだが、4年間はあっという間だったという気持ちが強い。苦労した、辛かった、嫌だったなどという言葉はまったくといっていいほど湧いてこない。悩んだことがなかったわけではないが、4年間を振り返ってみると自分の描いていた医療を実践できたからこそ、満たされた気持ちで今日、こうやってブログを書いている自分があるんだと思っている。
とはいえ、4年間漫然とやってきたわけではなく、自分自身かなり変化したと思っている。一番目は自分でいうのもヘンだが、人間が丸くなってきたことだ。つまりは患者さんと戦わなくなってきたということで、それまでは医学の常識がすべてであり、患者やさんが希望することがそれにそぐわなければ、その場で説得しようと熱くなっていた。たとえば、疲れをとるための点滴、普通の風邪に抗生物質、高血圧や糖尿病に喫煙といった例がある。振り返ると大学病院時代から白根病院時代とずいぶん角張った診療をしていたなと思う。開業したての頃も、まだまだ、時々頭に角が生えていたが、ここ1年ほどでかなり丸みを帯びてきたと思っている。
それができるようになったわけは開業医ならでは要因だ。必ず毎回(患者さんが通院してくれる限り)、自分が診療できるという安心感なのである。勤務医の場合、目の前にいる患者さんを次回も必ず自分が診療できるという保証はない。そうなるとどうしても、患者さんにわかってもらうチャンスは今しかないという強迫観念にとらわれてしまうのだ。その結果、その患者さんが不快なろうとも、後に患者さんがつかえていようとも、自説をあたかもそれが万人の常識かのように語ってしまっていた。最近では患者さんの反応や理解度を観察しながら、『今日はここまで、次回にまた続けてやればいい』と自分で納得している。今までの一発勝負型から長期説得型に転向したというわけだ。ただし、間違っていることや誤解に対してまでも迎合してしまうと、今度は自分にストレスが溜まるのでそういうことはしていない。
二番目の変化はワンマン型からシェア型への変身であるが、これは次回にまわすことにした。
(写真は四周年当日のすずきクリニック、快晴の蒸し暑い一日となった(2010/08/18撮影))

小惑星探査機「はやぶさ」が60億km、約7年の旅を終えて地球に帰ってきた。目的地の小惑星イトカワからサンプルを持ち帰れたかどうかはまだ定かではないが、イトカワに着陸したことは確かなようだ。燃料漏れ、エンジン故障、リアクションホイール故障、通信途絶と一時は絶望的な状況から、試練を乗り越えて、打ち上げから2592日目に地球に帰還した。正確には地球の大気圏の再突入して、2万度の高熱の中で燃え尽きたのだが、その前にサンプル回収カプセルをオーストラリアのウーメラ砂漠に誤差500メートルという正確さで落下させ、大きなお土産を残した。
はやぶさの地球帰還からちょうど1か月後の7月13日(火)にそのはやぶさのプロジェクトマネージャー(はやぶさの開発から打ち上げ、帰還までの指揮をとった方)、川口淳一郎さんが秋田大学で講演するというので早々に予約を取って聴いてきた。会場の秋田大学60周年記念ホールは小・中・高・大学生の他に一般市民も多く、満員だった。講演の内容は最初から最後まで興味深いことばかりだったが、印象的だったのは「帰ってきたはやぶさにふるさと地球を見せてあげたかった」という話だ。はやぶさがカプセルを分離したことを確認した後、本来ならばもうはやぶさ本体は燃え尽きるだけなのだが、チーム全員ではやぶさをコントロールし、はやぶさに地球を撮影させたという。送られたきたデータは不完全だったがはやぶさは最後の最後にふるさと地球をしっかりと「目に焼き付けて」その使命を終えた。私はこのエピソードに思わず目頭が熱くなり、涙が落ちやしないかと顔を上に向けた。
さて、いま日本中ではやぶさが持ち帰ったカプセルにみんなの関心が集まっており、展示会には徹夜で行列ができるほどだという(2010/08/16付 朝日新聞)。しかし、私はアポロ13号の事故との相関にとても興味がある。アポロ13号事故とは今から40年前、1970年4月13日、月に向かっていたアポロ13号の機械船で酸素タンクが爆発し、乗員3人の命が失われかけた事故だ。酸素不足、電力不足、軌道修正不能という危機的状況を乗員と地上管制官たちが知恵を出し合って解決し、事故から4日目に無事に地球に帰還した。はやぶさとは有人と無人、短期と長期など大きく条件が異なるので比較はできないが、予想外のアクシデントに的確に対応したチームの危機管理能力とそれをまとめた指揮官の統率力は感動的だ(はやぶさに関しては、山根一眞著「はやぶさの大冒険」マガジンハウス刊に詳しい記述あり)。
私にとってもう一つの関心は、はやぶさのような大プロジェクトがどうして一発勝負の計画になってしまったのかという点だ。アメリカの月着陸計画とは比較する方がおかしいが、月着陸までアポロ1号から10号までの8年間にわたる準備実験を実施してから最後に月着陸となった。はやぶさはそもそも小惑星に到達した実績すらないのに、いきなり小惑星と地球の間を往復し、さらに小惑星からサンプリングするという、かなり欲張った計画だ。また、イオンエンジン、地球スウィングバイ、宇宙用リチウムイオン電池、超小型探査ロボット「ミネルバ」の投下(実際はイトカワには着地できなかった)など世界で誰も行ったことがない技術を核に計画された。通常であれば、一つ一つの技術を実験で確かめ、それから実際の計画で運用するというのがプロジェクト成功の鍵だと思っていた。その手順を経なかった理由は川口淳一郎さんの講演でわかった。彼は「はやぶさは『工学実験探査機』です」と説明していたのだ。つまり今回のプロジェクトそのものが実験なのだということだった。限られた予算の中で(日本の宇宙開発予算はアメリカの10分の1以下)実績を上げるためには今回のやり方がベストだったようだ。川口さんはすでにはやぶさ2号の計画も具体化させており、無事に予算が付いたという。10年以内にまた素晴らしい成果をわれわれに見せてくれることを期待している。
(写真は秋田大学での川口淳一郎さんの講演風景。現場の生の声を聴くことができた(2010/7/13 秋田大学60周年記念ホールにて撮影))

7月の参院選で民主党が敗北した原因は単に消費税増税に言及したからではないと前回のブログで持論を展開してみた。真っ先に消費税10%を主張した自民党が大勝していることからもそれはわかる。自民党がマニフェストに消費税10%と書いたことはあまたのマニフェストの中にあってきらりと光る「クリーンヒット」だ。また、菅首相がそれに素早く呼応して、論議を呼びかけたことも「連続安打」くらいの価値はあったと思っている。どちらも、政治家が今までタブーとして触れてこなかった消費税問題を提起したことは評価していいと思う(遅すぎた感がある)。問題は日本の将来より選挙区の票だけしか頭にない議員さんと選挙の勝敗と内閣支持率を追うマスコミだ(ただし、朝日新聞、読売新聞、毎日新聞、日本経済新聞とも選挙後の社説で菅首相の消費税問題提起を評価している)。
財務省は、今年1月25日に2010年度末の国債と借入金、政府短期証券を合わせた国の債務残高が973兆1625億円に上る見通しだと発表した。国民1人あたり約763万円の借金を背負っていることになる。こんな事態を招いた主犯は自民党のばらまき政治にあるのだが、政権を奪取した民主党も1-2兆円の仕分け作業でポーズはとったものの、国の財政再建に対してはいっこうに有効な政策を打ち出していない。農家の所得保障や子ども手当といった財源の当てもないばらまき政策を先行させている。結局、民主党も選挙での票ばかりを気にして、日本の将来を真剣には考えてないことがわかった。
さて、当の日本国民はどう考えているのだろうか? 確かに消費税が上がることに対して諸手を挙げて賛成という人は少ないだろうが、国がここまで切羽詰まった状態ならやむを得ないと思っている人が多いのではないだろうか? 自分だけが借金を背負わされてはたまらないが、フェアに国民全員で負担するなら日本のために一肌脱ぎましょうという気持ちはあると思う(読売新聞の世論調査(2010/7)では税率アップについて3人に2人が「必要」と答えているし、朝日新聞(2010/7/12付)によると必要と不要はほぼ二分だという)。石油危機の時でも国民全員が少しずつがまんして乗り切ってきたわけで、日本人は目的があれば国民一丸となれる国民性を持っているはずだ。
ところが、その国の舵取りをする政治家にそのことをわかっている人が見当たらない。マスコミも自分たちの腕で世論を形成するんだという気概がない。菅首相も自民党に消費税について話し合いましょうと誘ったからには選挙後にこそ、党派を超えた議論の場を設けて、国民も参加できる消費税論議を進めてもらいたいものだ。マスコミもあれほど騒いだ消費税問題を選挙が終わったとたんに取り上げないのはおかしい。政府もマスコミも『日本を救おう』キャンペーンを展開していい意味での「危機感」を国民に植え付けてもいいのではなかろうか。日本の債務問題は待ったなしで解決すべき緊急課題だろうし、当事者のわれわれ国民だってちゃんと大筋はわかっているはずだ。
(写真は参院選直後の朝日新聞の社説(2010/7/12付)の一部(2010/08/15撮影))